基 調 講 演

「食と農のあるまちづくり」

北海学園大学経済学部
教授 太田原 高昭

1 農業の多面的機能をまちづくりに生かす
(1)まちづくりと農業
 これまで、どの自治体でも都市計画や地域振興計画を作成する際に、当然のように人口の増加または維持を前提にしてきた。ところがそのうちの農業計画については、経営規模の拡大による近代化計画になっており、したがって農家の減少をみこんだ計画だった。
 現実には人口増の計画は達成されず、農家の減少は目標以上に進んで、それが農村部の人口減と購買力の低下をもたらし、市街地商店街の疲弊につながった。まちづくり計画中での農業・農村についての考え方を抜本的に見直す時期にきている。
(2)農業の多面的機能への注目
 これは「農業の多面的機能」を見逃していたからである。農業の多面的機能とは、食糧を生産する機能の他に国土保全機能、環境や景観の創造機能、レクレーションや教育の場としての機能など「外部経済」に属する機能を目指すが、従来はもっぱら農業予算の獲得やWTO交渉などの方便と考えられていて、それをまちづくりに生かす発想がなかったのではないか。
(3)スローフード運動に取り組んで
 現在、大きくひろがっているスローフード運動には三つの目的がある。@地域の伝統的な食べ物と食文化を大切にする(地産地消)、Aすぐれた食材を提供する小生産者(農民、漁民、加工職人)を大切にする、B子供たちを含めた消費者への食についての教育を進める(食育)。
 これはそのままこれからのまちづくり、地域づくりの課題とも重なり、上記の多面的機能とも重なる。北海道はすでに自治体として「スローフード宣言」をしており、市町村においてもまちづくりの理念としてスローフードの考え方を取り入れてはどうか。

2 地産地消を推進する
(1)「三里四方の旬の味」
 以下、スローフード運動の三つの目的に即して、その考え方とまちづくりへのヒントを述べたい。地産地消については昔は当たり前の話で、京料理の極意として「三里四方の旬の味」ということばがあるように、新鮮な地場の旬のものが尊重されていた。
 保存技術や流通手段の発達によって広域流通が一般化し、大量の外国産を含めて季節感のない食生活となったが、最近の消費者の中にはふたたび地場志向に回帰する動きがみられる。それと共に、地場産品が地元で入手できないことへの不満も高まってきた。
(2)広域流通と地場流通
 北海道は食糧自給率190%を誇る食糧移出地域であるから、広域流通を大切にしなければならないが、それがもたらした歪みにも留意する必要がある。完熟トマトやブルームレスきゅうりのように、味よりも流通戦略を優先した品種が市場を制覇している。
 広域流通と並んで地場流通の仕組みを作り出すことによって、地元に隠れている本当に味の良い在来品種を復活させることができる。そのことによって消費者の食生活に本当の豊かさを取り戻すことが出来るし、地元の農業者に新しい市場を開拓することにもなる。
(3)地域の伝統的な食文化
 それは地域の伝統的な食文化を発掘し、育てていくことにもつながる。あまり伝統がないといわれる北海道でも「室蘭の焼鳥」や「美唄中村のとりめし」などが話題になっている。道でもこうした地域の食文化を発掘する事業をスタートさせる。
 このような取り組みは、地元のすぐれた食材やそれを生み出す農業への関心を高め、郷土への誇りを育てることになる。さらにそれが地域外にも知られ、人を呼び込むことになれば、地域経済の「内発的発展」をもたらすことになろう。

3 小農経営と中小企業を守る
(1)地域活性化とは何か
 これまで地域活性化の方法として企業誘致やリゾート開発など、外部資本に依存する「外発的発展」が志向されたが、この道はバブル崩壊と共に崩壊した。これからの地域活性化は地域内の人と資源に依存し、それを活用する「内発的発展」によらなければならない。
 わが国には「報徳の道」という地域振興思想がある。それは身近にある人や資源に有用性(徳)を見いだし、それに感謝して活かす(報)というもので、「内発的発展」を説いた古典といえよう。まさに古きをたずねて新しきを知るである。
(2)農業者の先進的取り組みと波及効果
 道内にもすぐれた「内発的発展」の事例が多数育ちつつある。網走管内小清水町では、町内の原生花園に美しいユリがあることからユリの特産地を目指し、そのデモンストレーンョン施設として「小清水リリーパーク」を開園した。これが観光客をよび、国道筋から離れているため地元客しか利用しなかった商店街の売上が大きく伸びている。
 空知管内幌加内町ではソバによる町起こしが成功し「世界ソバ祭り」には同町人口の10倍の人が集まる。各地の農村女性の農産物加工の起業も、今では無視できない数の雇用を実現して北海道経済に貢献するようになった。
(3)産業クラスターの具体像
 道経連の提唱によって始まった「産業クラスター」も各地で取り組まれるようになった。上川管内下川町では地元の豊富な森林資源を活かして、素材生産だけでなく、木材の高次加工に取り組み、森林組合を中心にした「森林クラスター」が形成されている。
 江別市では春蒔小麦の「初冬蒔き」技術の完成をバネに製粉、製パン、ラーメンなど「小麦クラスター」というべき企業集積がみられる。これらは農林業と中小企業が一体となり、地元資源を地域活性化に活かしている好例であり、そこでの自治体の役割も大きい。これからの自治体のまちづくり計画のモデルとなりうるものである。

4 食農教育に取り組む
(1)地域の子供を健全に育てることは自治体の基本的任務であるが、そこにはゆるがせに出来ない問題が生じつつある。子供や青少年の食生活の乱れもそうした問題の一つである。「いじめ」や「切れる子供」の多発は、食生活にも大きな原因があることが最近の研究で分かってきており、本格的な対策が必要となっている。
 これまで食生活の基本的な知識やしつけは家庭教育の中でなされてきたが、そうした教育力を失った家庭もみられるようになり、地域ぐるみの「食育」が注目されている。
(2)学校教育を食農教育の場に
 学校教育における食育としては学校給食のありかたがまず問われよう。現行の「品目別入札方式」では食材そのものがコストダウンの対象とされるから、安い外国産品が多用され、安全性や「食べ残しlの問題が出てくる。
 学校給食に「地産地消」の考え方を取り入れ、子供に食材を通じて地域農業への関心を育てるなど学校給食の改革には名寄市などの先駆的な試みがある。食材納入の既得権などむずかしい問題もあるが、自治体や教育委員会が率先して取り組むべき課題であろう。
(3)「食育基本法」と地域ぐるみの取り組み
 もともと「日本型食生活」は長寿の基盤として世界的に注目された経緯があり、それが混乱している現状は政府も放置しえず、「食育基本法」を準備していると言われる。道においても「食育に関するガイドライン」が作成されている。
 しかし法律や条例だけでは食育の実践は進まない。地域ごとに異なる歴史や農林漁業の実際に即して、地域全体で知恵を出し合って食育の中身を創造的に作り出していかなければならない。こうしたことがこれからのまちづくりの大きな課題になるのである。


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