北海道都市地域学会セミナー

 第一部 新農業都市における生活交通の確保方策とその課題

北海道都市地域学会副会長
北海道大学大学院工学研究科教授  佐 藤 馨 一

 第二部 農業におけるコミュニティ・ビジネスの可能性

札幌学院大学商学部助教授  河 西 邦 人

【第一部】

「新農業都市における生活交通の確保方策とその課題」



北海道都市地域学会副会長
北海道大学大学院工学研究科教授  佐 藤 馨 一



1.はじめに
 わが国は人口停滞期に入り、今後、減少していくことは確実であり、これに伴いスプロール化を防ぐ市街化調整区域が存在意義を失いつつある。さらに都市施設の再配置やゾーニングの見直しが必要となり、都市計画の枠組は大幅に変えて行かなければならない。本文は北海道における人口減少下のまちづくりのために「新農業都市」のコンセプトを提案し、そこにおける生活交通の確保について考察したものである。

2.新農業都市のコンセプト
 都市の成立要因として「交通結節点」や、「防衛拠点」であることが指摘されている。これらの都市は成立時から第三次産業的であり、食糧品や建設資材などは他地域から運ぶことを前提にしていた。これまで都市と農村が区別されてきたのは、食糧生産が農地=農村のみで行われ、農業は都市機能に付随するものではない、と考えられてきたことによる。しかしヨーロッパの都市と異なり、日本では都市と農村のしきいが明確でなく、城壁のような境界線は存在しない。
 北海道の都市(市政執行)の多くは農業が主要産業となっており、36.1万人の人口を有する旭川市の工業出荷額は2300億円、これに対して農業生産額は1631億円(平成13年度)に達している。また人口2.7万人の深川市の工業出荷額は108億円、農業生産額は127億円であり、農業が主産業であることを示している。
 都市計画の用途地域に商業地域、工業専用地域はあるが、農業専用地域はない。また市街化調整区域で農業活動をすることは認められているが、そこでは宿泊施設等の立地は認められていない。この制約が都市計画法と農業地域振興法によるものならば、人口減少下社会の実態に合わせてこの法律を変える必要がある。
 宗教活動の本拠地を有し、それを支える人々が住む都市は宗教都市と呼ばれ、市域内に大規模な工場施設を有する都市は工業都市と呼ばれている。この論理からすると農業を主産業とし、農業に従事する人々が生活する都市は「新農業都市」と呼ぶべきではなかろうか。

3.サポート交通システムによる生活交通の確保
 地方都市における公共交通機関、とくにバス交通の利用者は大幅に減少しており、平成15年度から施行された規制緩和政策によって不採算路線の休廃止が進んでいる。これまでバス交通に関して数多くの実態分析や採算性に関する研究が行われてきた。しかしバス交通が起死回生する妙案はなく、なかでも農業を中心産業とする地域では住民の減少と高齢化、自家用車の普及のためにバス交通の持続はほとんど絶望的である。
 このため筆者らは、新農業都市における生活交通を確保する方策として図-1に示す「サポート交通システム」を提案してきた。


図-1 サポート交通の仕組み

(1) サポート交通システムの仕組み
 サポート交通システムは「サポートする人(送迎してあげる人)」、「サポートされる人(送迎してもらう人)」、「運営団体(コーディネーター)によって構成される。サポートを希望する人は目的地と時間を運営団体へ連絡し、それを受けた団体はサポートのできる人を探し出し、サポート交通の依頼を行う。サポートするが了解したとき、サポートされる人にそれを連絡する。
 サポート交通システムは以下の原則に基づいて運営される。
[サポート交通システムの基本原則]
・サポートされる人はふだん自家用車を利用出来ない人とする。
・送迎に際して、直接的な金銭の授受は行わない。
・サポート交通の対象は買い物や通院などの交通とし、通勤や娯楽目的の交通は取り扱わない。
・サポート交通システムは同一生活圏内(原則として自治体)で運営する。
 図-2はサポート交通システムの策定プロセスを示したものである。


図-2 サポートシステムの策定プロセス

(2) サポート交通システムの課題
 平成15年11月、士別市においてサポート交通に関する意識調査を行った。その結果、以下に示す問題点のあることが明らかになった。
・他人の車に乗ること、または他人を自分の車に乗せることのわずらわしさ
・相手のマナー(喫煙など)が悪いおそれがある
・急にキャンセルすることや遅刻するおそれがある
・突然の予約に対応できるか、という心配
・何かトラブルに巻き込まれるのではないか、という心配
・交通事故の発生による責任問題
・料金が無料であることへの抵抗感

4.終わりに
 士別市における意識調査と需要推計を行った結果、参加意思のある人が多数おり、サポート交通システムの成立する可能性は十分ある。このとき実費程度の費用負担することが成功の鍵となる。サポート交通システムを運営するためにマネジメント組織の設立が必要であり、ボランティアやNPOとの連携が不可欠である。また事故が起きたときの補償制度も十分に整備しなければなければならない。
 図-3は士別市におけるサポート交通システムの導入可能性をまとめたものである。


図-3 士別市におけるサポート交通の導入可能性

 生活交通の確保はサポート交通の経費を誰が負担するかにかかっている。地域住民や交通事業者の負担はもはや限界に達しており、国土交通省のバス事業補助金では新農業都市の生活交通を維持できない。それゆえ国土交通省の補助金のみならず、農水省の補助金を新農業都市の生活交通確保のために活用することも検討する必要がある。道州制の実現によって省庁間の壁が取り除かれたとき、そこには新しい都市が、すなわち新農業都市が誕生していることを夢みたい。


【第二部】

「農業におけるコミュニティ・ビジネスの可能性」



札幌学院大学商学部助教授  河 西 邦 人



1 コミュニティ・ビジネスと農業
 コミュニティ・ビジネスとは地域社会へこだわり、地域の資源を活用しながら、地域の課題解決という社会貢献をビジネスと両立させながら達成していく経済活動、と定義されている。通常のビジネスが経営者、従業員、顧客、取引先といった利害関係者の私益のバランスを取りながら遂行されるのに対して、コミュニティ・ビジネスは前述の利害関係者に加え、地域社会も考慮する。コミュニティ・ビジネスは地域の自然、人、モノ、資金、文化、情報といった資源を活用し、地域内外の消費者へ提供することでビジネス化するため、地域資源を地域住民が地域課題解決という視点で再評価し、地域資源の活用で地域の問題を解決していく。そのプロセスの中で地域社会が変革する、社会運動的な特性も持つ。
 日本の農業の大きな課題は、農業の衰退である。その原因には、生産者と消費者の乖離がある。そこで、コミュニティ・ビジネスの視点を取り入れ、農業の存在意義を国民が共有する社会運動的な側面を持たせ、農業の活性化を図っていく、新たな政策が必要になる。
 数多くの事例を調査した結果、コミュニティ・ビジネスは地域の成功の鍵として、地域からの支援の獲得、消費者との互恵関係の形成があげられる。コミュニティ・ビジネスは儲かることをするのではなく、地域に必要な事業を行うため、収益性が低いこともある。
 低収益性を克服するためには、事業者の経営上の工夫はもちろん、行政からの補助金、ボランティアからの労力提供、住民からの寄附、といった地域の支援を得たいところだ。また、コミュニティ・ビジネスが消費者を固定客にし、長期にわたって収益をあげるビジネス・モデルを作ると共に、地域内外の消費者から積極的に応援してもらえる互恵関係を形成したい。農業分野においてコミュニティ・ビジネスを行う場合も、これらの成功のポイントから外れるべきでない。
 地域からの支持獲得と地域内外の消費者との互恵関係形成に必要なのが、生産者と消費者を直接結びつける産消協働である。大量生産と大量消費を前提に、生産と流通の分化による経済効率化を追求する農業ビジネスではなく、生産者とその地域が消費者と個別に結びつき、経済効率よりも価値を重視する農業コミュニティ・ビジネスが、現在の農業の衰退を救うであろう。生産者が消費者と結びつくチャネルを作り、農産物を消費者へ販売するだけでなく、生産者と消費者の双方向的交流により、顧客の囲い込みとブランド・ロイヤルティの創出、農産物加工や飲食提供、体験観光や宿泊、といった周辺事業への多角化による付加価値の取り込み、生産者が消費者と交流することで得られる生産者としてのやりがいや事業の革新の創出といった効果が期待できる。

2 農業分野のコミュニティ・ビジネス事例
 農業におけるコミュニティ・ビジネスの展開は、垂直型の展開と水平型の展開がある。垂直型の展開は価値を産出するプロセスに従って、コミュニティ・ビジネスを展開していく。生産者が農産物を加工したり、その加工物を提供するレストランへ参入したりするのが典型的なコミュニティ・ビジネスの垂直型展開である。水平型の展開は、農産物生産というレベルで、消費者に対して農業体験をさせるようなコミュニティ・ビジネスである。


図1 農業のコミュニティ・ビジネスの展開

 ここで、コミュニティ・ビジネスの垂直型と水平型展開を行い、農事組合法人と有限会社のグループで20億円以上の売上高をあげるようになった、「もくもく手づくりファーム」の事例を紹介しよう。もくもく手づくりファームは大阪と名古屋という大都市の中間にあたる三重県伊賀市阿山町(現在は伊賀市)にある。もくもく手づくりファームは、伊賀豚を使ったハム工房から始まった。畜産連合会で営業を行っていたメンバーもいたことから、常にマーケティングを意識した事業展開を行った。消費者の希望から始まったソーセージの加工体験が評価され、その消費者たちがハム工房の固定客になっていった。安全で美味しい手づくりのハムやソーセージが評判になり、次第に観光客が立ち寄るようになった。観光客向けの加工体験や飲食サービスを提供することで、観光農園化し、農事組合法人は成長した。現在は地域の環境に配慮した循環型の農業、農業人材の育成、休耕地の活用、小規模農家への直産販売所の提供、というような地域社会へ貢献し、地域と共に歩んでいくコミュニティ・ビジネスの展開を行っている。
 次に行政が主導してコミュニティ・ビジネスの場や仕組みを作った4事例を紹介したい。まず、愛媛県内子町の第三セクター経営の農産物直販所、「内子フレッシュパークからり」。内子町が1992年から推進していた農業活性化施策の一環として、小規模農家の余剰自家消費農産物やはねものを直販所で販売することにし、1997年、「内子フレッシュパークからり」を開業した。小規模農業者にとって新たな収入源になったこと、インターネットを活用した出品者の農業者への売上情報の提供などの経営上の工夫などもあって、参加する農業生産者は300人以上に拡大し、内子フレッシュパークからりの手数料収入も4億円を超えるまでになった。生産者が消費者と交流することから、農産物の生産だけでなく、梅干し、ジャム、パンといった加工品生産販売へ垂直型展開をし始めた農業生産者もいる。また、農産物の直販だけでなく、農家の高齢主婦が調理するレストランや加工物体験教室などへも事業展開し、コミュニティ・ビジネスの展開を行っている。
 岐阜県明宝村(現在は郡上市)では、農家の主婦たちが生活改善運動の中で地元のトマトを使ったケチャップを開発し、明宝村役場がそのケチャップ生産を事業化するため、第三セクターと工場を作り、主婦達の活動を支援することで事業を成長させた。明宝村のハムを生産、販売する第三セクターや、道の駅の営業力を活用しながら、ケチャップを特産物に仕立て上げた。明宝レディースは村の雇用の場を生み出し、村の知名度を上げた。また、明宝レディースは村にあるスキー場へ地元の食材を中心に郷土料理を楽しませるレストランを出店し、コミュニティ・ビジネスを垂直的に展開している。
 高齢化と狭い農地から農業の発展を見いだせなかった長野県飯田市千代地区は観光で活路を切り開いた。行政からの働きかけで1996年から農業研修生を受け入れたが、農業研修生の指摘で千代地区の農業生産者は地域の新たな価値に気づいた。1997年に行政の仲立ちで農業や農家の生活を体験させる、修学旅行生向けの農家民泊や農業体験教育を始めた。飯田市は第三セクター南信州観光公社を設立して全国へ営業を行う一方、役所内部にグリーンツーリズム推進室を設置し、受け入れ農家側の組織化を図っている。その結果、年間の農業体験旅行客が1万7千人までに達し、長期的に農家で働きながら楽しむワーキングホリデー、農業後継者を育てる南信州あぐり大学院などの事業展開を行っている。
 宮崎県綾町のコミュニティ・ビジネスは、有機農業を核にして、地域の循環型経済システムを構築し、展開していくものである。行政が昭和40年代から有機農業を推進し、1987年に生ゴミ堆肥施設を作り、翌年には生態系を守りながら農業を推進するという条例を制定した。有機農業を徹底したことで消費者の支持を獲得し、農業生産者と消費者という交流から農業コミュニティ・ビジネスが生まれた。また、本物を作る地域というイメージが形成され、木工や染め物といったコミュニティ・ビジネスが地域の中で創出されていった。

3 農業のコミュニティ・ビジネスによる地域活性化
 農業へコミュニティ・ビジネスの視点を取り入れ、農業と地域を活性化するための戦略は、まず、地域内循環を創出し、地域を活性化し、地域からの支持を獲得することである。農業は地域の生態系の中で重要な役割を果たしている。地域内の農業が起点になり、農産物・農産加工品の提供からゴミのリサイクルといった地域内循環を構築する。こうした生態系の循環を構築できれば、農業が地域の必要不可欠なパートナーとなり、地域社会からの支持を獲得できるようになる。宮崎県綾町がこうした地域経営の戦略の成功事例である。


図2 コミュニティ・ビジネスによる地域の経済システムの改革

 地域内循環で地域を活性化し、支持を獲得する一方、地域経済活性化のためには地域間循環を形成することである。地域間循環の場合、地域外の消費者へ地域が産出した価値を提供し、対価を取ることで、地域外経済を取り込む。農業を地域の資源として、安全な農産物の提供、農業体験などの価値提供を通じ、地域外の反復的消費を掘り起こす。反復的消費により農業生産者へ経済的恩恵を与える。加えて、地域間の交流も増え、新しい知恵や資源が地域外から流入し、地域内の資源と相互作用を起し、革新が創出される。結果として地域と地域の農業を活性化することになる。
 1つのコミュニティ・ビジネスが成功すると、その垂直的、水平的な周辺事業で新たなビジネスチャンスが生まれる。すなわち、農業が地域の基幹産業であれば、農業分野のコミュニティ・ビジネスが周辺事業を生み、地域のビジネスクラスターを創出していく。
 農業のコミュニティ・ビジネスが地域内と地域間の循環を構築し、コミュニティ・ビジネスのクラスターが創出されると、消費者の固定化とそれによる地域ブランドを育てることになる。地域ブランドを確立することで、他地域との差別化を図り、経済価値創出と地域住民の活性化による持続的な地域づくりにつながると考える。


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